多摩の未来の地勢図 cleaving art meeting
Arts Council Tokyo
© 特定非営利活動法人アートフル・アクション
遠く離れたところで起こっていること、ずっと昔に起こったこと、それは見ることも聞くことも、嗅ぐことも、触れることもできない。しかし、それらは、存在しないわけではない。
歴史教科書、博物館、アカデミズム、メディアあるいは国やある種の権力は、確かにそれぞれの立場で起こったことを伝えようとしてきたのだろうし、その努力には時に敬服する。だが、人の悲しみの深さや嘆き、恐怖、あるいは長靴の泥の重さや隊列の立てる靴音、海を渡る小舟、ドローンの旋回音、牛や馬、犬の咆哮の生々しさをそれらは伝え得るものなのだろうか?
ことの次第を問うのではなく、自らが置かれている状況を自分も含むさまざまな関係の中でとらえてみる、それは時間軸を伴った蜘蛛の巣のように複雑だ。解きほぐそうとすること自体が新しい拗れた系をあらわにするかもしれない。けれど、みえないものを、身体全体をつかってみようと試みること以外に、答えも解決もないこの時代を生きる方法はないのかもしれない。
美術や物語、音楽や詩は、時にそれらを結晶化し、見るものの前に現出させる。そして、それらに出会った人は、苛烈すぎる出来事であったとしても、想像することすら難しいことであったとしても、その人のそれまでの時間を賭して対面することで新しい理解の端緒は生まれる。
NPOアートフル・アクションでは、2009年から、地域の小学校と連携し、アーティストとともにさまざまな試みを行ってきた。アーティストらによってさまざまな未分化のいわば説明不能な気づきが誘発されることで、子どもたちの心の中にしかないものが驚くべき形で目の前に立ち現れる時間である。瞬間にも近く一回性のものであるが、また、普遍的なものでもある。
アーティストが学校に滞在するにあたり、5人の方々に美術、造形、子供、物語、時間/時代、移動、移民、抽象、戦争、地域など、アーティストならではの問いと問いへの向かい方について尋ね、アートの可能性について共に考える。
カバー写真: 岩井 優 ダンシング・クレンジング – 東京、クラブ シンクロ2チャンネル・fullHDビデオ、サウンド 11’50″ 2013 © Masaru Iwai, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art
2024年8月26日
2024年7月29日